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【社畜大国ジャパン】大切なのは多くのお金を稼ぐことじゃない。どれだけ自由になれるかだ。

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大切なのは多くのお金を稼ぐことじゃない。どれだけ自由になれるかだ。

 

 

中学生の頃、私の担任が言った言葉を今でもよく覚えている。「楽しいことは老後にとっておきなさい」またその担任と会える機会があるならば、それがとんでもない間違いであることを、大きな声で言ってやりたい。若い時に多くのことを感じて、経験する重要性をまるでわかっていない。多彩な経験がその後の人の人生を決めるのだ。

 

そしてもう一つ、彼は途方もなく大きなことを見落としている。それは無条件に自分が定年まで生きてると当然のように思っていることだ。人としてなんと傲慢でおこがましい考えなんだ。私はすでに小学校で1人、ニューヨークで2人、ブラジルで1人、歳の近い友人を失くしている。人はいつ死ぬかわからない。”老後”という期間は必ずにも全員に訪れる訳じゃない。

 

なに寝ぼけたこと言っていたんだ、私の担任の先生は。

 

学生時代には「一生懸命勉強しなさい。受験しなさい」と脅迫されて続け、死ぬ思いでやっとこさ就職したら、今度は定年まで終わらない永遠の作業地獄が訪れ、「やばぇ、俺の人生、こんなはずじゃなかった」と一体今まで何万人の人間がそう思っただろうか?

 

一度しかない人生というのに、その貴重な時間を犠牲にして、その月の家賃と食費と携帯代を稼ぐ。なんとバカバカしい生活なんだ。誰が近代社会の方が幸せと言ったんだ?

 

くだらない

 

もう我慢するのはやめよ。

 

おそらく物心つく以前から我慢し続けて来た自分に、自分でそう言ってやった。

 

本当に大切なのは多くのお金を稼ぐことじゃない。どれだけ自由になれるかだ。世界には若くても不自由なく楽しい生活を過ごしている人は多くいる。たいていの人たちは、そういう人たちを”金持ちの子”と思っているが、そんなことはない。どちらかというと、自分で自由を手に入れたという人の方が多い。

 

でも、学校はそんな方法を教えてくれない。

 

なぜなら近代社会の国家が欲しいのは、人生を楽しんでいる国民ではなく、一生懸命に単純労働をして、しっかりと税金を納めてくれる国民であるからだ。

 

だから”学校”も”先生”も”社会”もお金の稼ぎ方を教えてくれない。

お金の稼ぎ方は社会の敵なのである。

 

隠れいるが、確実にそこにある。自分で気づいて、選択して、その不の連鎖から抜け出さないといけない。まさに映画『マトリックス』のような構造だ。自分で赤いピルを探しに行かないといけないのだ。

  

もし、私が今も手取り20万以下で、家賃と生活費を稼ぐためだけに単純作業を行う仕事を今もしていたら、きっととっくに気が狂っていただろう。最悪、人を殺していたか、自殺していたと思う。

 

新幹線殺傷事件・小島一朗容疑者

新幹線で乗客を襲い、男性一人を殺害した当時22歳の小島一朗容疑者は、まさにそんな我慢し続けてきた人生を送ってきたのかもしれない。新聞やTV(特にTVタックル)では彼の親子関係こそが、彼が社会に参加できない理由だと天高くから指摘したが、アホを言ってはいけない。これだから高学歴の高所得者は。

 

両親がいなくても立派になった人は世界中に数多くいるし、そもそもそこがポイントじゃない。彼は不幸せな実家から抜け出したかった。だから就職したんでしょ?でも、就職したら社畜になるしかなかった。学歴差別パワハラを受けるしかなかった。家にいてもダメ、社会に出てもダメ。ずっと我慢を強要され、状況が良くないのは全部自分のせいと言われ、もう小島容疑者に逃げ道なんてなかったと思う。

 

自分もメディア業界で働いている以上、あまりメディアの悪口を言いたくはないが、こういう問題になると本当に「お前らはどこまで盲目なんだ?」って言いたくなるほど前が見えていない。弱者の気持ちなんて毛ほど理解していない。

 

小島容疑者は祖父にこう言った。「“人を殺して刑務所に行く”。“働かなくても生きていけるところ、それが刑務所だ”」もうこの一言こそが小島一朗容疑者という問題の”回答”だと思う。追い詰めに追い詰められて、もうどうしようもなくなって、気が狂いそうになって、現実逃避がしたかったけど、結局現実逃避をするにも”お金”がかかると分かって、絶望して、最終的にたどり着いた答えだと思う。

 

もし、相談する友達がいたらきっと結果は違ったかもしれない。きっと彼の身が裂けるような気持ちを冗談にして笑ってくれたかもしれない。だから思う。友達は何があっても大切にしないといけない。友達こそ何よりの宝であり、目に見える自分の”生命線”だと思う。

 

小島容疑者の行いも、考えも、殺人も、微塵も肯定するつもりはないが、彼の気持ちが理解できない訳ではない。来る日も来る日も、あたり銀色の狭いレストランのキッチンで、金持ちたちが食べた皿を8時間ノンストップで洗い続け、大してなんの取り柄もない雑魚な大人に威張られ、親の金で大学へ通うホールスタップたちからあざ笑われ、オーナーがキャバクラで豪遊するために、二度と戻らない若い時の時間を犠牲にして最低賃金をもらう。こんな生活を数年続けていた私なら、少なくてもワイドショーの胡散臭いコメンテーターよりも彼の気持ちを理解出来るし、的を得たことを言えると思う。

 

アルバイト漬けだったころ、私はいつも”心のスイッチ”をオフにしていた。自分がアルバイトしている間、他の学生たちが親から買ってもらったカメラでクソのような映画を撮っていることを知っていたので、なるべくイライラしないために心のスイッチをオフにして、唇の裏側を噛みながら大人たちに笑顔を見せた。これ以上期待しないために、これ以上自分が傷つかないために、これ以上目の前が真っ白にならないように。しかし、心のスイッチをオフにしている時間が続くと、次第に自分一人の力だけで心を”オン”にすることが出来なくなってしまう。もうずっと虚無の世界から覚めなくなるのだ。

 

私と小島容疑者の違いは、私には兄弟と呼べる友達たちが周りに数名いてくれたことだ。もし、私が彼のように独りぼっちだったら、今の私はどうなっていたわからない。私のような人間はこの世に大勢いると思うし、きっと小島容疑者も元は私のような人間だったのだと思う。だが、あるタイミングで、彼はすべてを”放置”することにした。それが事件の結果だと思う。

 

極論を言ってしまうと、小島容疑者が社畜をしなくてもいい環境、つまり儲け方を知っていれば、十中八九、彼は人を殺していなかったと思う。お金があれば考える時間もできるし、心の余裕もできる。ましてや、「働きたくないから刑務所へ行きたい」などとは言わないだろう。

 

彼が世界旅行へ出かけて、多くのことを感じ、多くの人と出会い、多くのことを経験していれば、別の人生を歩んでいたことは間違いない。

 

だから、私は社畜教育をする日本の教育と社会に一番の問題があると思う。

 

小島容疑者は学歴にもコンプレックスを感じていたとある記事で読んだ。無理もない。日本だけではないが、近代の世の中は、人間の価値を卒業した大学で評価すると言っても過言ではない。そして有名校を出た者たちは、まるでペットショップでならぶ血統書付きの犬のたちのように、卒業校を何よりの誇りとして他人へアピールしたがる。そして、そうでない者は死ぬまで”雑種”として扱われる。

 

かつて私も日本の企業へ就職しようとしたことがある。私は当時、23歳ですでに4カ国語を話すことがで来たし、ニューヨークシティーで1年間のフリーランス経験を積んでいた。

 

しかし、「短大しか出ていない人の手取りは16万。日本の4大を出たばかりの新卒はの手取りは20万ですよ」と、総務の方はなるべく私が嫌味に感じないように長年磨いて来たであろう自慢のフェイクスマイルで私に伝えた。まさに爆発しかけた。これは今でも本当に理解しがたいことだ。

 

私は、その総務の方に是非1ヶ月でもいいからフリーランスとして弱肉強食の世界であるニューヨークの街で生き抜いて見てくださいと言ってやりたかった。きっと一週間以内にベソをかきながら帰国するでしょう。

 

私は速攻その会社のオファーを蹴ることしました。すると、総務の方は「あなたごときが我々の会社を蹴るですと?何様だと思ってるんだ?」とでも言いたかったのか、非常に驚いた反応を見せた。その後、私の年収が1年以内に彼の年収を超えたことを知ったら、彼は自慢のフェイクスマイルを保つことができただろうか?ざまぁ見ろや。

 

それと、学科をがん無視して、とりあえず4大卒であればいいというの風潮は”思考停止”だと思う。私は短大の2年間でとてつもなく映画について詳しくなったと思っている。さらに言えば、短大へ通う前に1年だけ通った専門学校で学んだことこそが、今の私の糧になっていると心の底から思う。2〜4年という期間はとてつもなく長い期間だし、それだけ勉強したことを無視するのは本当におかしい。短大や専門学校をなめてはいけない。見下してはいけない。大学(ブランド)じゃなくて、人(スキル)を見ないといけないよ、総務の方。

 

自分へのフラストレーションこそ最大の憎悪 

最後に、小島容疑者についてもう一つ話したいことがある。これはあくまで私の想像話しであるが、あながち的外れではないと思うし、もしかするとこれを読んでいる人たちにも当てはまることかもしれない。

 

きっと小島容疑者は他の多くの若者たちと同じように『米津玄師』が好きだった思う。米津玄師は不登校を経験し、ネット内で細々と活動していたのに、今では日本一話題のミュージシャンとなって社会の表舞台に立っている。

  

そんな『米津玄師』の姿はネット勢からするとヒーローに見えたに違いない。きっと多くの勇気をもらったと思う。「僕もいつか彼みたいになるぞ!」と思った人も大勢いるかもしれない。

 

しかし、あまりにも連日、『米津玄師』がメディアに取り上げられ、天上天下唯我独尊の”若き天才”と讃えられ、崇められ、ちやほやされるので、どうしても”同じ若者”としてはいい加減嫉妬しとしてしまうようになると思う。

 

始まりは『米津玄師』ばかりをちやほやするメディアに対するイライラに過ぎなかったが、そのイライラはやがて強い嫉妬に変わり、好きだった米津玄師を嫌う要因になり、不甲斐ない自分へのフラストレーションと融合し、そして人の心を奥底から蝕む憎悪と”化す”。

 

「どうして自分は天才ではない。もうすでに22歳なのに、何の取り柄もない。何もできない。努力はしてきたのに」

 

小島容疑者はそう思ったかもしれない。小島容疑者だけではなく、日本中の”天才でない若者”たちもそう思ったと思う。私だって嫉妬している。『米津玄師』の才能は認めるが、それを過剰に報道するメディアはムカつく。

 

たださえ来る日も来る日も単純作業をして、低賃金をもらって、未来へなんの希望もない社畜にとって、そういった報道は、心の傷をえぐるこれ以上とない最強最悪の凶器となる。

 

もちろん、メディアが全て悪いとは決して言わない。日本の社会は複雑なのだ。教育も、社会も、学歴というブランドも、才能とかいう期待も、すべて。

 

しかし、それらすべてから救ってくる救世主がいる。

 

そう、それが”お金の儲け方”である。

 

お金さえあれば、社畜を強いる会社から抜けれるし、自分を将棋の歩以下として見ない社会に無理に参加しなくていいし、学歴でとやかく言われることもないし、才能どうのこうと自分の価値を他人へ証明しなくてもよくなる。

 

お金の稼ぎ方を知るのはけっして悪いことではない。むしろ、防衛本能だ。

 

ウルグアイ大統領のホセ・ムヒカ氏は言った。

「我が国民は国を発展させるために生まれてきた訳じゃない。幸せになるためだ」

 

まったくその通りだと思う。

 

人は我慢する必要はない。イヤなら大声でイヤと叫べがいい!!!

「僕は今の環境に満足していません!!イヤです!!」

と大声で叫べばいい。

 

もう小島容疑者のような人間を増やしてはいけない。社会が変わろうとしないのであれば、そんな社会なんかに参加しなければいい。誰かの都合のために生きてはダメだ。大金ではなく、自分が自由になれるお金を掴まないといけない。それが今後、我々が生き延びるための方法だと私は確信した。 

全力20% アレックス・ゆきお